山梨県をまわってきた平和行進は猛暑の中、檜原村・甲武トンネルで東京に引き継がれました
 埼玉県をまわってきた平和行進は雨の中、 板橋区見次公園で東京に引き継がれました
 豊島区・大塚駅付近を通過する北部コース。上野公園区立下町資料館に集結しました
  豊島で「原爆と人間展」開催
 豊島原水協が池袋駅西口の芸術劇場前広場で原爆写真展と署名の訴えを行い、300人が立ち寄り、署名も100筆以上集まりました。 ※可能でしたら下記を追加して下さい バングラディシュの報道関係者「国でも展示したいので、テープや写真が欲しい」と言われ東京原水協に紹介しました。「すごいね!」と一同感激!
 「横須賀軍港」調査
  東京私大教連は七月五日、「平和のための『横須賀軍港』調査」を八大学一三人の参加で実施しました。調査では実際に船で軍港をめぐり軍艦を間近に見学。また市民の暮らしと雇用、自治体財政問題などについて地元の方と交流しました。横須賀軍港は米海軍第七艦隊と海上自衛隊司令部が同居、極東の軍事拠点・司令塔になっています。
   いま、核兵器廃絶へむけて世界の流れが大きく変化しています。アメリカのオバマ大統領は「米国は核兵器のない、平和で安全な世界を追求していくことを明確に宣言する」とのべ、核兵器を最初に使用した国の責任にふれながら、核兵器廃絶を国家目標とすることを初めて明示しました。
 さらにイギリスでも首相や外相が核兵器のない世界を呼びかけるまでになっています。

 こうした新たな動きの中で、今年の第五五回原水禁世界大会・長崎は、来年のNPT(核不拡散条約)再検討会議を目前に控えた八月七日、長崎市民会館体育館を会場に開かれ、東京から約一〇〇〇人、全国から一万人が参加しました。

 三日間にわたる大会は〃核兵器のない平和で公正な世界〃を統一テーマにして、若者たちは「核兵器なくそう・世界青年のつどいinナガサキ」を開き、来年四月のニューヨーク開催を決めました。またすべての参加者が約二〇の分科会にわかれて討論し、さらに女性のつどいや階層別の交流なども行われました。
 そして、最終日の八月九日、各国や世界の人々に向けたメッセージが発せられました。

 今から五一年前の一九五八年六月、広島の原爆記念碑から八月に東京で開かれる第四回原水爆禁止世界大会をめざして、日本最初の平和行進が出発しました。歩くという素朴な行動が市民の共感を広げ、行進には延べ一〇〇万人が参加しました。それ以来、平和行進は雨の日も、風の日も、猛暑の中でも取り組まれ、全都道府県と七割を超える自治体を訪問し、毎年一〇万人が参加する行進となっています。

 五月六日、北海道の礼文島を出発した平和行進は四つのコースに分かれて東京都に入り、その後都内各地を網の目のように行進し島嶼を除く全五三自治体を訪問して七月二三日に上野公園に集結しました。
 また同じように江東区・夢の島公園を出発した平和行進は八月四日に広島平和公園に到着しました。