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【東京の今昔】成増陸軍飛行場(練馬区・光が丘)
2021.10.18

 東京の戦前の飛行場跡、これまで調布飛行場、立川飛行場、多摩陸軍飛行場を紹介してきましたが、今回は練馬区の「成増陸軍飛行場跡」です。

練馬区「平和の記念碑」

 現在は、23区でも最大級の光が丘団地が作られ、3万人の住民を擁し、公園も多く子供たちの歓声も絶えない平和な地域です。

 成増飛行場は1942年建設。現在のショッピングセンター「IMA」のやや東寄りに南北1300メートルの滑走路が設置されていました。第2次世界大戦末期には、若い特攻隊員たちがこの飛行場から飛び立ち、尊い命を失った歴史があります。練馬区は、こうした歴史を踏まえ、この地に「平和の記念碑」を建立しています。

 戦後に成増飛行場、その周辺は米軍が接収。軍人家族の宿舎が建設され、米国18代大統領グラント将軍に因んで「グランドハイツ」と命名されました。その後、米軍は立川・横田基地へ移転し、1973年に日本に全面返還されました。

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