この世界に存在することができてうれしい、と感じられないとき、自分をいとおしいと思えないとき、私たちは、たくさんの人が自分とおなじ気持ちでいることを知る必要がある。そして、このつらさは自分ひとりのせいではないということを理解する必要がある。仲間の集うところとは、まずはそのことに気づかせてくれる場所なのではないか。すべてはそこからはじまるのではないだろうか。 働いても働いても報われないと憤った彼は、いつ首を切られるかもわからない激しい生存競争の波のなかを、必死になって泳いできた。外に出るのが怖くて働けなくなった私は、評価と競争の価値観に煽られ、振り落とされたこぼれ者だ。苦しみの根源はひとつだと知ったとき、分断されていた彼と私は、眼と眼を見交わす。私は、おそるおそる手を差し伸べる。その手を彼が取ってくれる、と信じたい。 いまやありとあらゆる場所で、数え切れないほどの人たちが、すでにこのはじまりの地点に立っている。長い孤独な煩悶の果てに、私たちは見る。ともにめざすことのできる新しい地平が、暁の光に照らされているさまを。 あけまして おめでとうございます ひのつめあかね 1966年生まれ。日本民主主義文学会員。 小説『稲の旋律』が映画に。『アンダンテ〜稲の旋律』今春公開予定。 |
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